記録は固まる
180201
2015年の流行語に「トリプルスリー」があった。
今さら説明するまでもないだろうが、これはプロ野球の記録を表す言葉で、1人の選手が同一シーズンに「打率3割、30本塁打、30盗塁」を達成するものだ。
できそうでなかなかできないこの記録、日本では現在までにのべ11人が成し遂げている。
野球好きの僕なんかは当然昔から知っている言葉だけど、これが流行語になるということは一般に知れ渡ったのが最近ということになる。その理由は2015年のシーズン途中にこの珍しい記録をセ・パ両リーグでそれぞれ達成しそうな選手が登場したことだった。
長いプロ野球の歴史でたった8人しか達成していなかった記録に対して一気に2人もの選手が挑戦することになるわけだから、そりゃマスコミも連日書き立てるわさ。その結果「トリプルスリー」はあっという間に流行語になってしまった。今や誰でも知っている野球用語である。
その頃、僕がつくづく思っていたのは、「やはり、記録の出現時期は固まる」、ということだった。
これはあまり語られていないことなんだけど僕は昔から考えている。
野球でも何でも、同じような記録はなぜか短い時間の幅で相次いで達成されたり出現したりするのである。
僕がこのことに確信を持つようになったのは、1990年代における「1試合最多奪三振」という記録の出現である。ちょっとデータを見てみよう。
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(2017年シーズン終了までの記録。16個以上。延長は含まない)
僕が小学校のころ、このジャンルの日本記録は阪急ブレーブスのアンダースロー、足立光宏投手が持っていた。(元阪急のサブマリンは山田久志投手だけではないのだ!)
その数17個。この記録はかなりの間破られずにいて、野球記録のクイズとしてはベタ問題となっていた。テレビのクイズ番組で出題されることはあまりなかったけど。(僕がクイズを真面目にやっていた1979年~1989年の間では1度だけ出題された記憶がある。誰も答えられなかったんじゃなかったかな)
1990年のシーズンにこの記録に追いついたのが、近鉄バファローズに所属していた、かの野茂英雄投手だった。
プロ初登板からまだ1ヵ月だった彼はこの試合で初勝利を挙げた。
とにかくこのシーズンの彼の活躍には度肝を抜かれた。登板するたびに積み上げていく奪三振の数が半端でなく、ひょっとしたら元阪神タイガースの江夏豊投手が持つシーズン奪三振の世界記録、401個を破るのではないか、と僕はずっとワクワクしていた。(結局その記録は破れなかったが)
その3年後、彗星のように現れて大活躍したのがヤクルトスワローズのルーキー、伊藤智仁投手である。むちゃくちゃキレのいい高速スライダーを武器に彼もまた三振の山を築き、6月にはとうとう当時のセ・リーグ記録に並ぶ1試合16奪三振を達成した。(しかもこの試合、彼はサヨナラ本塁打を打たれて負け投手になってしまうという、記録好きにはこたえられない展開となった)
そしてここから、この「1試合最多奪三振」の記録は動くことになる。
翌月、オリックス・ブルーウェーブの野田浩司投手が16個という記録を達成。何とその2日後、今度は中日ドラゴンズの今中慎二投手も16個を達成した。こちらは当然セ・リーグタイ記録である。
結局このシーズンはヤクルトの山田勉投手も同じ記録を作り、1968年に広島東洋カープの“記録男”、外木場義郎投手がマークしてから25年間、セ・リーグでは誰も並ぶことさえできなかった大記録にわずか1ヵ月の間にあっさりと3人が並んでしまったのだった。(もともとそのセ・リーグ記録も1年ほどの間に3人が並んだというものだが)
さらにこの記録は動き続ける。
翌年、野田浩司投手が日本タイの17個をマーク。そしてその次の日(!)、読売ジャイアンツの桑田真澄投手が史上7人目となる16個のセ・リーグタイ記録を達成したのだ。
野田浩司投手はさらにその翌年に現在でも日本記録として輝く19個をマークし、ここでようやくこの記録は一息ついた。
次を見てみよう。ネタは「代打逆転サヨナラ満塁本塁打」である。
これはプロ野球史上わずか7回しか達成されていない超貴重なもの。
最近では読売ジャイアンツの長野久義選手が当時横浜ベイスターズ所属だった山口俊投手から打った(涙)。しかもこの本塁打はセ・リーグ通算1000本目の満塁本塁打でもあった。
達成した選手は以下の通りである。
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「隠し球」の回にも書いたが、僕が小学校の時に仕入れた知識で、ずっとクイズの隠し球として持っていたものがここに含まれる。
そのクイズ問題とは、「プロ野球で、代打逆転サヨナラ満塁本塁打を放った2人の巨人の選手の背番号は同じですが何番?」だった。
現在では先述の長野選手が含まれるので問題として成立しないが40年前は成り立っていたのだ。
ちなみに正解は「24」で、この番号は後に中畑清選手、高橋由伸選手らに受け継がれて現在に至る。
話を戻そう。この珍しい「代打逆転サヨナラ満塁本塁打」が2001年のシーズン最終盤に2回も達成されているのだ。しかもこの2本、それまでに放たれていた第2号から第5号の4本の本塁打と内容が違うのである。(わかるかな?)
この2本はゲーム終了時の点差が1点差となっているのだ。つまり達成選手が打席に入った段階では自チームは3点差で負けていたということになる。一打逆転劇が起こる直前の段階での最大点差というわけだ。
このような1点差というスコアで勝つ逆転本塁打ゲームを俗に「お釣りなし」と言う。
「代打逆転サヨナラ満塁本塁打」は第1号の樋笠一夫選手がこの「お釣りなし」で放っているが、それ以来何と45年もの長きにわたって、「お釣りなし」つきの記録打はただの1本も出現していなかったのだ。(ちなみに、樋笠選手が打った時はそもそもがプロ野球初の記録であり、“信じられないような大逆転劇”となったことから巨人の選手たちも興奮状態になりホームインした彼をみんなで胴上げした)
こんな超がつく珍しい記録が、何と1週間の間に2本も出てしまったのである。
2本のうち先に打ったのが、大阪近鉄バファローズの“アンパンマン”、北川博敏選手である。
何とこの本塁打はチームの勝利だけでなく、リーグ優勝も呼び込んでしまったことから、「代打逆転サヨナラ満塁“お釣りなし””優勝決定”本塁打」とさらに1枚乗っかっていた。麻雀でいえば、大四喜に字一色のダブル役満という感じである。(意味がわからない方、すんません)
当然のことながらこの一打は翌日のスポーツ紙では1面扱いとなり、大きな見出しと写真で伝えられた。
一方、この夜、北川選手に打たれた相手チーム、オリックス・ブルーウェーブの藤井康雄選手が放ったのが2本目の本塁打である。
この一打が出たのは北川選手の殊勲打からわずか4日後のことだった。「希少価値」は残念ながらダダ下がりで、さらに運の悪いことにいろんなニュースが重なり、当時僕がとっていた関西版のスポーツ紙でさえも5面左上での小さい記事扱いだった。(写真もあったけど小さかった)
しかしながらこの藤井選手の本塁打は記録的にはもの凄いものなのである。
実はこっちはこっちで史上唯一である「ツーアウトから」の大殊勲打なのだ。
いわば「”崖っ淵”代打逆転サヨナラ満塁“お釣りなし”本塁打」なのだ。麻雀でいうなら海底ツモの国士無双みたいな感じである。(ほんまかいな)
5面の小さい記事を見ながら僕は、「とうとう出た~、ツーアウト~」と発狂するぐらい盛り上がったのを覚えている。
これらのほかにも、プロ野球史上たった2回しか記録されていない「最多連続打者奪三振」(記録9個)もわずか1年以内に達成されているし、落合博満選手、ブーマー・ウェルズ選手、ランディ・バース選手の3選手が現在までのべ11人しか達成していない「打者三冠王」を1980年代半ばの数年間に6回もやってのけている。
最近の話では、100年以上の歴史を誇るアメリカのメジャーリーグで、それまでたった17回しか達成されていなかった「完全試合」が、2009年~12年のわずか4シーズンでバタバタっと6人の投手によって達成されたということもあった。
2012年のシーズンにいたっては何と3人の投手がこの栄誉を手にしたのである。
2010年には2人の投手が達成したが、この年にはその他にも9回2死まで完全に抑えながら、最後の打者を審判の誤審で安打にされたデトロイト・タイガースのアーマンド・ガララーガ投手の例もあった。なのでこの年にはさらにもう1人が加わるところだった。
ちなみに、僕はこの時のガララーガ投手をネタにしてクイズ問題を作ったことがある。
「誤審で記録を逃した試合の後、謝罪に来た当該審判に対してガララーガ投手が言った言葉は、ある名作コメディ映画のラストシーンでのセリフと同じでしたが、それは何?」
ちょっと難問かな。映画のセリフを知らなくても、「完全」試合から連想できると思うのだけど、どうだろう?(正解は調べてみてください)
このように、もちろん全てのものがそうであるわけではないが、なぜか記録は固まって出現することが多いのだ。
で、ここからがクイズの話である。(野球の話を書くとどうにも止まらない)
今回この話をなぜ書くに至ったか。それは、「意識が偶然を作る」という考え方を紹介したかったからだ。
「代打逆転サヨナラ満塁本塁打」という記録がある。たしかにそのタイミングで本塁打を打つ選手は素晴らしいんだけど、その前にその状況が作られる自体も奇跡的なのである。
勝負事でも何でも、複雑な状況や要素を通り抜けた後に、ある1つの結果が生まれる。
しかしながらありがちなのは、「結局○○さんが勝つ」だの「今回も××さんが全部持って行った」などのことである。
こういった場合、その○○さんにしても××さんにしても、複雑に絡まった状況や要素、1つ1つに細かく対峙し、その全てを自分のものにして行ったと言えるのだろうか。
僕はそうは思わない。根本的にメカニズムが違うと思っている。
川の流れに例えてみると、イメージ的には、彼らは水の流れを状況に応じていちいち変え、全ての水を自分の土地に呼び込んだ、というよりも、不規則に細かく蛇行した水の流れが向かった先になぜか彼らが待っている、という感じなのだ。
イメージ上は「なぜか」なんだけど、しかしそれは決してたまたまではない。有能なサッカーの点取り屋が、ゴール前のこぼれ球の前になぜかポツンといる、あれと同じである。
凄い記録を達成することのみならず、それをお膳立てする偶然や奇跡的な物事、それでさえも僕は「意識」の下で行なわれていると思っている。
「持っている」と自覚している人、周囲から思われている人は、「持っている」という意識を持っているわけで、それがさまざまな結果を作り出すのだ。
そして僕はこの「意識」に最も大きな影響を与えるものは、やはり「視覚」なのだろうと思っている。
今回の例である「記録は固まって出現する」の原因を考えたとき、その根本的な部分はやはり「意識」であり、その意識を生む源は「視覚」であるはずだ。
誰か1人の選手が、ある記録を達成した。これはたまたまだとしても、それを生であろうが映像であろうが、活字であろうが、目にした人間に意識の種が植えられる。
そこから記録の連鎖が始まるのである。
僕のバイブルの1つである『成功の掟』(マーク・フィッシャー著)にもそれとよく似たエピソードが登場する。視覚で捉えたものが意識に多大すぎる影響を与えるというものである。
直接言われた悪口より、ネットなどで書かれたそれの方が受けるダメージが大きいのもそれが理由だろう。
しかしながら、いくら机上の空論を弄んでもそれはそこまでの話で、考え事や読み物としては面白いだろうが、それで終わると価値はないに等しいと僕は思っている。
クイズであれば、どんな理論でも、実際の勝負に応用できて初めてその説は有用になるのだ。
今回の話に関しても、ここからが大事な部分となる。
「見る」ことで物事への意識づけができ、それが「偶然」や「凄い結果」までもコントロールできるとするならば、「偶然」や「凄い結果」を欲する時にそこへの鍛錬の重要項目の1つに「見る」ことを置く必要があるということだ。
「凄い結果」はともかく、なぜ「偶然」までも欲する必要があるのか。それは「勝負の結果」にはすべからく「たまたま」や「偶然」が重要なポイントとして登場するからであり、少なくとも僕は経験的にそれを知っている。
「たまたま」や「偶然」をもし恣意的に生み出すことができれば、それは「凄い結果」へのアプローチとしては無茶苦茶重要であると考えるのは自然なことである。
僕はこれまで何度も何度も書いてきたが、もし「クイズに強くなりたい」と思ったとき、そのアプローチとして「知識を詰め込む」ということは、不要なことではないが決して全てではない、最重要項目ですらない、ということをとにかくわかってほしいのである。
僕らがやっている競技クイズというゲームではどうしても最終的に圧倒的少数の「勝ち」と圧倒的多数の「負け」にたどり着く。「クイズに強くなる」という言葉の意味は間違いなく前者へ向けての鍛錬なのだから、「知識を増やす」ではなく、「勝つ」ことにもっとこだわって、その方向へ純粋な意識を向けるべきなのだ。
「クイズに強くなる」、そのための具体的な手法の1つとして、とにかく「見る」ことが重要となっている。
自分が目指している人、タイトル、状況、未来など、手に入れたいものがあったら、何度も何度も見て確認して意識づけするのである。
「持ってますね」と言われるまで、「偶然」をなぜか呼び込めるようになるまで、意識を作って行かなければならないのだ。
今回の話は、一見何の関係もない野球の話に見えて、実のところは、そこから割り出される「クイズの強化法」の解説だった。
かなり観念的でオカルトっぽいことでもあるから、わかりにくいかも知れない。しかしながら、自分としては書いていてここまで重要なことを書くのは初めてだ、と思っているほどである。(ほんまです)
もし質問がある人は、また春にでも開催するScarlet Factoryのトークライブ&クイズライブ(ソーダライトではないよ(笑))に来てちょうだい。
トークライブでは運がよければ質問カードが引かれるし、そこでダメなら恒例のアフターの飲み会で僕を捕まえてほしい。
ただしアフターでは単なる酔っ払いになっているかも知れないけど。
ではまた来週の木曜日。